人生、結局は宗教みたいなもんで、最後は信仰心がものを言う。

ども、くにみです。

人生について考えていたら、結局宗教みたいなもんだなと思いました。既知のことをやるときにはそんなこと無いんですけれど、未知のことだったり、自分の限界を超えるような事にチャレンジする時は、もはや信仰心の問題だなと。

例えば...

何かを新しく始めたいと思ったとしても、「自分には無理」と思っていれば、絶対に出来ません。出来ませんというよりも、とっかかりとなるような行動すら起こりません。つまり、「出来ない」という状態を維持し続けてしまうわけです。

一方、「自分には出来る」とか「何か方法があるハズだ」と思えば、とりあえず行動は起こせます。しかも、「出来る・何かあ方法があるハズ」という考えが続く限りは、何かしらの行動を起こし続けることが出来ます。つまり、自分が信じ続ける限りにおいては、「出来る」という状態を維持し続けるわけです。

みんなきっと自分教

これはもう、宗教みたいなもんでしょう。自分自身、あるいは、自分が信じている物事をどこまで信じぬけるか、そんな信仰心が物を言う世界です。自分が何をどの程度信じているかということが、即、自分の人生になってしまうわけです。

究極的に言って、スキルアップしてみたり、自己啓発してみたりってのも、「これで大丈夫だ」と信じられる(安心できる)ようになりたいってことだと思います。その意味では、誰もが「自分教」という宗教をやっていて、自分に対する信仰心を高めようとしてみたり、自分に対する信仰心を持とうとしていると言えるんじゃないかと思います。

だったら、決して折れることの無い強烈な信仰心があれば、人間は無敵になれるのかもしれません。

もし、そんなことが可能だとしたら、それはいったい、どんな感じがするんでしょう。そういう人には、自分の人生や世界は、いったいどんな風に見えるんでしょう。

なんだか興味深いですね。

おしまい。